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2006年12月

2006年12月24日 (日)

手打ち蕎麦

温泉とは全く関係ないのですが・・・年の瀬の話題。

我が家の年越し蕎麦は無農薬栽培の自家製麺。5月、畑に蕎麦の種をまき、11月に収穫。12月に粉碾きして、後は食べたい時に打つ。打ちたての、むせるような香りの蕎麦は格別。

ところが、今年の台風で我が家の蕎麦は、収量8割減という壊滅的な打撃を受け、今年の自家製蕎麦は諦めざるを得ないことに。蕎麦粉を買う事も考えたが、流通している蕎麦粉のほとんどが中国はじめ海外産ブレンドという噂を聞いたこともあり気が進まない。地元100%の蕎麦を探していたところ、先日、東広島市内で蕎麦を栽培されている方を紹介いただき、蕎麦の実1斗(体積の単位。約18リットル)ほど頂けることに。何とか今年も蕎麦を打てることになりました。

Photo_19 本日は粉ひき作業。製粉機を取り出す。拘れば石臼で碾くのでしょうが、気が遠くなるほど時間がかかるうえ、蕎麦粉の中に粉末化したそば殻の混入度合いを微調整するには、石臼では限界があるので機械化しました。

Photo_20 これが、製粉機の籾摺り部。外刃と内刃の間隔は無段階で微調整できます。

 

Photo_21 いよいよ、1回目。最初は粗碾きして、蕎麦殻を大雑把に剥がします。

 

 

Photo_22 碾いた蕎麦粉は、とおし(木枠に金網を張ったもの)で蕎麦殻を取り除きます。とおしは、微妙に目の間隔が違うものが全部で6種類。1回の碾きで、目の粗いものから順に2つづつ使っていきます。

 

Photo_23

Photo_24 1回目の荒碾き蕎麦粉。まだたくさんの蕎麦殻が残っています。

 

Photo_25 2回目の粗碾きは製粉機の調整でさらに細かく碾いていきます。とおしもそれに合わせ目の細かいものに。

 

Photo_28 3回目(最終)は、微粉末レベル。周囲は粉が舞い、頭や衣類は粉だらけ。眼鏡は磨りガラス状態。

 

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最も目の細かいとおしをかけて・・・

 

  Photo_29

蕎麦粉の完成です。

 

何回も段階的に碾くのは、いきなり細かく碾くと、粉末化した蕎麦殻がたくさん混入してしまうから。

北広島町(旧豊平町)の蕎麦名人高橋邦弘氏の使われる蕎麦粉は真っ白。おそらく、相当の手間をかけて純粋な蕎麦の実だけを抽出されているのでしょう。

対して、我が家の蕎麦粉はとっても浅黒い(笑)。・・・これには理由があります。

我が家が蕎麦作りを始めたきっかけは、8年前私の母が「子供の頃おばあさんが作ってくれていた蕎麦をもう一度食べたい」と言い出し、昔ながらの田舎蕎麦を再現しようと始めたもの。蕎麦粉は昭和10~20年代の家庭で打つ蕎麦をイメージした碾き加減にしています。昔の石臼レベルですから、当然白くはなりません(^^;。

最初は、ブチブチ切れて蕎麦にならなかったのが、試行錯誤を経て3年前からようやく麺になってきました。知り合いのお年寄りにお裾分けしたところ「懐かしい。」「忘れていた味。」と好評で、中には自分で蕎麦栽培から始めた人も。

温泉好きの蕎麦好きである私は、何も足さない何も引かない昔ながらの素朴な蕎麦には、昔から変わらず滾々と湧く掛け流しの温泉にどこか通ずるものがある気がします。

大晦日には、平素お世話になっている方に手打ち蕎麦を配ります。今年は量が少ないので、どこまで行き渡るかなと思いつつ・・・。

2006年12月20日 (水)

般若寺温泉

【2005年6月】

Photo_18中国道院庄ICから国道179号線を北上、苫田ダム(奥津湖)を過ぎ、奥津温泉の手前まで来ると、バイパスと旧道に分かれる。奥津温泉に行く際に、新緑・紅葉の季節は、急ぐ旅でなければ奥津渓谷を通る旧道が良い。渓流にモミジが低く折り重なる、とっても綺麗な道。

奥津渓谷のど真ん中に一軒宿の般若寺温泉がある。道路沿いには車庫と小さな看板があるだけなので、よほど注意して通らないと気付かない。車庫にクルマを停め竹林の中、渓流に向かって石段を下りていくと古民家といった風情の建物。藁葺き屋根が郷愁を誘う。

先々代までは般若寺という天台宗のお寺だったそうだ。明治初頭に宿坊として開業。寺をやめた後も旅館として続いている歴史ある宿。

ここは、日帰り入浴するには予約が必須。風呂は完全貸切制10時から14時まで1時間刻みで、1日最大5組だけ予約を受け付ける。

「ごめんください。」 「ワンワン」3匹の番犬がけたたましく出迎えてくれる。

「ごめんくださーい。」 「わんわん」予約してなければ帰りたくなるくらい、よく仕事をする番犬である。

「お待たせしました。電話受けてたので・・・。予約のトトロさんですね。お一人様1000円です。お風呂は階段を下りたところの建物です。」

Hannyajihuroyugoya今日は職場の人と二人連れ。階段を下りると古びたコンクリート造りの湯小屋。内湯露天風呂がある。まず内湯に。天然の岩盤がそのまま奧側の壁になっている湯船。2人でちょうど良いくらいの小振りな風呂。お湯が素晴らしい。すぐ近くから自噴する39℃の湯をパイプで引き込み、ザーザーと贅沢に掛け流している、つるつるのアルカリ単純泉phは調べていないが、私の肌が9以上だと訴える。温泉にはさHannyajiutiyuhiki ほど興味のない連れも、「こんなつるつるは初めて。」と実感。ぬるめの湯だけに長湯をすれば、肌の角質層をいい感じに溶かしてくれる素肌美人の湯。

続いて露天風呂に移動。こちらは景色が秀逸。なにしろ、奥津渓谷のど真ん中。目の前は鮎返しの滝、露天風呂のすぐ横は水深5~6mHannyajirotenupの淵。エメラルドグリーンの川面をのぞくと透明度抜群。魚(イワナ?)が手に取るように泳いでいる。川下には唯一の人工建造物大釣温泉が見えるだけ。この建物、昔は木造の郭で、借景としても風情があったそうだが、現在はコンクリート造なのがやや残念。

湯は、同じアルカリ単純泉だが、内湯とは異なるふたつの源泉からポンプで汲み上げているこのこと。すべすべ度は内湯に軍配が上がるが、露天は景色が素晴らしいだけに、どちらの風呂もゆっくり入ってしまう。

あっという間の1時間が過ぎ、着替えて出ると、次のお客様が歩いてこられた。

「予約いっぱいでお断りすることも多いんですよ。」

こんな素晴らしい温泉、日帰り入浴1日5組では当然かも。次回は是非、紅葉の季節に来てみたい。

【情報】

宿泊も1日3組だけ。離れ風の素朴な建物。1泊2食付き20,000円~

電話0868-52-0602

2006年12月17日 (日)

湯原温泉・砂湯に脱衣場復活

【2006年12月】

復活の噂を聞いていた砂湯の脱衣場が完成していました。

木造で、以前の物と同等かやや大きいくらいでしょうか。

衣類を置く棚は36個。扉はなく湯船から丸見え。みんなの視線で盗難を予防する従来通りの造作です。

新設されたのは、完全に目隠しされた、ふたつの更衣室

内側から施錠でき、女性にとっては、他人の視線にさらされることなくバスタオルの軍艦巻きができるので嬉しい設備だと思います。

 ※ 訪れたのが夕暮れ後だったので写真撮影できませんでした。

*** *** *** ***

本日は友人から突然の電話。

「真賀温泉がいいって言ってたよね。行ってみようと思うんだけど、道に自信ない。」

「(⌒ー⌒) ニヤリ しかたない。一緒に行きませう。」

という訳で、真賀温泉と砂湯の温泉はしごでした。

Maga真賀温泉の湯面です

2006年12月11日 (月)

奥津温泉3・奥津荘

【2004年2月】

河鹿園を出て右隣が東和楼。東和楼を出て右隣が奥津荘。奥津温泉を代表する3軒の宿は並んでいる。

Photo_17 「次はここに入るの?」

私より先に東和楼を出た娘が奥津荘の前で言った。娘同伴ではせいぜい2軒しか入れないかなと思っていたが、どうやら奥津の湯めぐりはお気に召したらしい。

奥津荘も東和楼と同様の木造2階建てで、昭和初期の建物。フロント(というよりは帳場と呼ぶのがぴったりくる)で、大人500円、小人250円を払い、奥の階段を下りる。ここも風呂が玄関よりも低いということからわかるように、東和楼と同様、裏の河原に湧く湯の上に風呂を作ってある。男女別の風呂だが、男湯は鍵湯と呼ばれている。美作藩主森忠政が河原に自噴する湯を囲んで自分専用の風呂を作り、普段は鍵を掛け誰も入れぬようにしたところから命名された歴史ある風呂。

Kagiyu 浴室は薄暗い印象。タイル張りだが、湯船の中は岩がごろごろ。まさに河原の周りを塗り固めて作った風呂という感じ。誰もいない風呂で娘と二人、岩の上で落ち着く場所を探すのにうろうろ。6~7人は十分入れる広さだが、落ち着く場所が少なく、実際にはたくさん入れないような気もする。まあ、殿様専用の湯だから、これでいいんだろうけど。

泉質は東和楼、河鹿園と同じつるつるすべすべ。ph9.2のアルカリ単純泉。湯は岩の間から湧き出ているようだ。時々泡も湧いて出る、まさに足下湧出の自然のままの湯。湯温は40℃くらいか。

「ここの湯はどう?」

「湯はおんなじかな。でも匂いが違うよ。ちょっと臭い。」

確かに、湯はとても気持ちよいのだが、ほのかに生臭い。鉱物臭とは明らかに違う不快な臭い。掃除の問題かもしれない。せっかくの良い湯が残念。

*** *** *** *** ***

奥津荘を出て、河原に向かう。残雪の中に無料の共同浴場がある。混浴で、男性が2名入っていた。さすがに4軒連続の入湯には私も迷って娘に聞く。

「入ってみる?」

「やだ。他の人がいるもん。」

娘は、河原で雪だるまを作り始めた。はじめて見る50cmも積もった雪に興味が移ったようだ。ということでしばらく雪遊びをして帰路に着いた。

*** *** *** *** ***

帰り道の車の中での会話

「やっぱり河原のお風呂も入ればよかったかな。」

「だって、知らないおじさんがいたもん。」

「知らない人がいたからイヤだった?」

「女の人だったら良かったのにねえ。」

そりゃ、お父さんも同感・・・。(* ̄∇ ̄*)

娘と一緒に男湯にはいるのもそろそろ終わりかな・・・と、ちょっぴり寂しくなった。

【注】2004年8月、奥津荘はリニューアルされています。入浴料は大人1000円と値上げされましたが、レトロな雰囲気はそのままにとても綺麗になっていました。奥津荘リニューアル後も、何度か奥津温泉には出かけましたが、喫茶は利用したものの、縁なくまだ鍵湯には入っておりません。きっと異臭もなくなっていると思うので、ぜひ入ってみたいお風呂です。

奥津温泉1・河鹿園へ

2006年12月10日 (日)

奥津温泉2・東和楼

  【2004年2月】

Touwarougaikan1河鹿園に続いて、お隣の東和楼に行く。こちらは、木造二階建てのレトロな建物。昭和2年築だそうだ。玄関を入り大人500円、小人250円を払う。

「お風呂は奧の階段を下りてトンネルを潜った先にあります。結構深いのと、湯船の中にパイプが突き出ていますから気をつけてくださいね。」

廊下を進むと、ギシギシときしみ音。時々ふわふわした場所もあるのは、私の体重のせいだけではなさそうだ。建物の年季を感じつつ進むとコンクリートのトンネル。

「どーしてトンネル通ってお風呂に行くの?」と娘。

「建物の裏にね、地面の下からお湯が湧いて出てるんだよ。ここの旅館は、お湯の湧いてる所にお風呂を作っちゃったんだ。だから、そこまで歩いていくんだよ。」

「ふーん。お湯が湧いて出てるの?ピューって?」

「うーん、ピューかなあ・・・。ポコポコかも。」

「へんなの。」

足下湧出を8歳の娘に説明するのは難しい。

Touwarou3_1 お風呂は男女別。男湯は幸い誰もいない。浴室にはタイル張りに3~4人が入れそうな湯船がひとつ。底は岩盤が折り重なるようにできている。深さは意外に深く1mくらい。娘は岩から岩へ飛び移って自分にちょうど良い深さを探す。湯はつるつるすべすべのアルカリ単純泉。無色透明なはずだが、何故か青白く見えるのは深さのせいか。公称のphは9.2だそうだが、河鹿園よりは若干phが高い感じ。ぬめり感をより強く感じる。底から突き出ている塩ビ管からは、かなりの勢いで湯が噴き出している。娘が近づくと体が浮くほど。この湯は女湯へもそのまま供給されているようだが、浴槽ふたつ分の大きさから比べてもこの湧出量は贅沢の極み。静かに浸かっていても、僅かな気泡とともに音もなくすべすべの温泉がからだにまとわりつく感覚は、他では得られないもの。自然のままの湯温も体感では約40℃とちょうど良く、いつまでも浸かっていたい気分。

「さっきのお湯と比べてどう?」

「こっちのほうがぬるっとしてるよ。お湯もヌルっと噴き出しているね。」

「どっちのお湯が好き?」

「こっち。」

おお、8歳にして泉質の違いを感じるとは、こやつ、ただ者ではない。(親バカ?^^;)

【注】河鹿園の湯も足下湧出ではないが大変鮮度の良いもので、泉質の違いも私見であり僅差であることを付記します。どちらもすばらしい湯です。

風呂上がりに女将さんと話す。

「ありがとございました。いいお湯ですね。感激しました。^^」

「ありがとうございます。奥津は何もないことろですが、湯だけは恵まれております。今度は是非泊まりにいらしてくださいね。」

言われなくても、本当に泊まりに来たくなるような鄙びた風情と良質の温泉でした。

さらに続けて3軒目の奥津荘へ向かう。(次回に続く)

【注】入浴料は当時のもの。現在は、大人800円、小人400円。なお、温泉のはしごをするなら、河鹿園、東和楼、奥津荘3軒のお風呂に入れる入浴手形1,100円がお得。

【参考】東和楼の宿泊代は、1泊2食付きで10,000円~。

奥津温泉3・奥津荘へ

2006年12月 4日 (月)

奥津温泉1・河鹿園

【2004年2月】

突然、仕事の予定がトケて、何もすることがなくなった日曜の朝。

「おーい。温泉にいくぞ。一緒に行きたい人、手を挙げて。(⌒∇⌒)ノ」

「・・・(-- )( --)(-- )( --) シーン」

「ひとりで行ってくる。( ̄へ ̄)」 と、クルマに乗ろうとした時、8歳の次女が駆け寄る。

「一緒に行ってあげてもいいけど・・・。」

たぶん妻が差し向けたのだろう。しかし、8歳にしてこの言い回し、誰が教えたんだ( ̄  ̄;)? ともあれ、今回は娘と岡山までの二人旅。

中国道院庄ICから国道179号線を30分北上すると奥津温泉に到着。

岡山県北部に湧く、湯郷温泉、湯原温泉、奥津温泉は美作三湯と呼ばれる。その中で、大型観光旅館が並ぶ湯原、湯郷とはひと味違う、昔ながらのひなびた奥津温泉街。その中心にある河鹿園東和楼奥津荘は各々微妙に異なる自家源泉を持つ風情ある宿。河原の共同浴場とともに奥津温泉の源泉を堪能できる。

まずは河鹿園。旅館なので靴を脱ぎ、入浴料大人500円、小人250円を払い風呂まで案内していただく。廊下にはいろんな絵画が飾られギャラリーのよう。昭和4年、光永大佑が創業したこの旅館のコンセプトは「美術館」というのも頷ける。

Kajikasouyokujou お風呂は8人くらいゆったり入れる広さ。タイル張りで河に面してガラス張りの開放感あるもの。湯はつるつるすべすべのアルカリ単純泉。掛け流しで鮮度は良い。湯温は40℃弱と長湯できる温度。誰もいないので娘とゆっくり浸かる。窓の外は雪景色。そして温かい湯・・・

「気持ちいいなあ。( ̄ー ̄)」

「うん。(^―^)」

娘もご満悦の様子。

Munakatashikou 湯から上がって館内を散策。昭和20年代、世に出る前の棟方志功がよく泊まりに来ていたそうで、館内には彼の作品を集めたコーナーがある。書も与謝野晶子、今東光、備前焼人間国宝の藤原啓など多士済々。泊まった際に書かれた物も多いそうだ。娘は少々退屈そうだったが、私は満足。これらの作品を眺めるだけでも500円は安いと思う。

続いて、隣の東和楼へ・・・ (次回に続く)

【注】 入浴料は、当時のもの。その後、露天風呂も造られたと聞いており、料金は変わっているかも。

奥津温泉2・東和楼へ

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面白かった本

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